oshiro の日記

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やはり目標設定とは難しく、そして重大な問題でもある

先日下のような記事を読んで、これは組織の目標設定の持つ構造的な欠陥によって本来の目的と真逆の行動を行ってしまうこともあり得るのかと思い、私が毎回目標設定シーズンに頭を抱える理由と重なるところもあったので一度なぜ目標設定が難しいのか整理して考えてみる。

間違えやすい標識で交通違反に…「警察の“間違えるのを待って”取り締まる姿勢に納得できない」――大反響トップ3 | 日刊SPA!

記事の内容について簡単にまとめてみると、誰もが間違うような標識や複雑な交通ルールが適用される場所で警察が取り締まりを行っているが本来警察とは交通人が間違う前に停めたり誘導したりすべきだという内容である。

組織としての警察

まずもって重要なのは警察とは何をすべき組織であるか、一般の民営企業(以降企業とする)でいうところのミッションやバリューである。 こちらについては警察法第一条及び第二条に下のように定められている。

(この法律の目的) 第一条 この法律は、個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持するため、民主的理念を基調とする警察の管理と運営を保障し、且つ、能率的にその任務を遂行するに足る警察の組織を定めることを目的とする。 (警察の責務) 第二条 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。 2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。

筆者は法律の専門家ではないのでこれがどう解釈されているかについて深く理解しているところではないが、警察組織とは公共の安全と秩序の維持が目的の組織であり、その手段及び責務として交通取締が含まれているものと読めそうだ(繰り返すが筆者は法学徒ではないのでこの解釈に責任は持てないので悪しからず)し、広く一般的な警察という認識と相違ないと考えてよさそうである。

そして人事評価についてであるが、これは都道府県警ごとに詳細は異なりそうだが、評価指標としては大きく異ならないだろうという認識で確認する。 ある程度人事評価関連資料へのアクセスが容易であった愛知県警を例とする。
そもそも警察での昇進は昇進試験に基づいて実施されるため、人事評価として昇給を検討し、その対象としては最も現場で良く遭遇し、ある程度経験のある警察官として巡査部長の職位を対象にする。

愛知県警では人事評価について「愛知県警察職員人事評価実施要綱の制定」により下記定められている。

第2 人事評価の意義 この要綱において、次に掲げる用語の意義は、それぞれ次に定めるところによる。

(1) 人事評価 任用(採用、昇任、降任及び転任をいう。以下同じ。)、給与、分限その他の人事管理の基礎とするために、職員がその職務を遂行するに当たり発揮した能力及び挙げた業績を把握した上で行われる勤務成績の評価をいう。

(2) 能力評価 職員の標準職務遂行能力(愛知県警察職員の標準的な職及び標準職務遂行能力に関する規程(平成28年愛知県警察本部訓令第16号)第3条に規定する標準職務遂行能力をいう。)に対する評価をいう。

(3) 業績評価 職員がその職務を遂行するに当たり挙げた業績に対する評価をいう

そしてこの「標準職務遂行能力」についても下記のように定められている。

倫理: 全体の奉仕者として、責任を持って業務に取り組むとともに、服務規律を遵守し、中立公正に職務を遂行することができる。

事案対応: 担当業務に必要な知識・技術を習得し、事案に適切に対応することができる。

協調性、報告・連絡: 上司・部下等と協力的な関係を構築し、適切な状況報告、連絡等を行うことができる。

業務遂行: 計画的に業務を進め、確実に業務を遂行することができる。

組織としての職位に期待される行動や能力がかなり詳細化・具体化されており、かなり公正に近い評価指標を持つ組織と言えそうである。

組織の目的と個人の目標の乖離

ではなぜこれだけ詳細な評価指標を持つ警察組織であっても、誰も幸せにならない本来発生せずに済んだ取り締まりが発生してしまうのだろうか。
これは警察組織に限った話ではなく、目標設定の持つ構造的な欠陥に由来するものであると考えている。

本来警察組織の目的は「公共の秩序と安全の維持」であり、状態を指しているわけである。
世界から犯罪が消失し、交通事故もすべて無くなった状態が成立すれば警察の目的は達せられたといえるであろう。
しかし、犯罪や交通事故というものは決して無くならず、外部要因として潜在的に存在し続けるものである。
そしてこれらは時間や場所という要素にも大きく左右されるものであり、結果、つまり対象となる外部状態で評価する(完全な結果目標)と警察官の能力や努力に依存しない部分で差が出てしまう。

例えば莫大な予算をかけて作った精鋭部隊を歌舞伎町に配属した場合と、著しく能力の低い人材を元々治安のよい地域に配属した場合に、担当地域の犯罪発生件数や死傷者数では恐らく前者の方が圧倒的に高い数値となることは想像に難くない。
もちろん結果を残せていないため昇給に値しないという評価を下すこともできよう。
しかし、個人にできることは限度があり、個人の職務領域外での要因により左右された結果を比較することは非科学的な考えである。

つまり優秀な人材であっても結果としては評価されないという事象が発生してしまい、公正さに著しい疑義が起こる。
これはなぜかというと、 一律でない外部要因が大きく影響する結果に対して結果目標を評価してしまった ためである。 組織の目標を個人の目標へ落とし込んだにもかかわらずである。

個人を公正に評価することと、組織の評価とは明確に一致しないことが分かる。

そして多くの組織ではこのような評価基準は採用されていないだろう。

個人の評価では結果以外に何を評価すればよいのか

では個人をどう評価すべきなのか、何を以てして評価すればよいのだろうか。

筆者は個人の目標は行動目標であるべきだと考える。 つまり何をしたかということを評価指標とすべきである。

行動目標とは個人が何をするかという基準のため、外部要因をある程度排除した評価結果を返すことが可能である。
現場の警察官であれば、一日X回パトロールするとかY時間トレーニングするなどであろうか。

しかしこれは個人差があり過ぎて公平性を保つことは難しく、特に強く結果を求められる組織や下部組織に所属している場合は適さない場合も多く、コントロールが難しい。

そのために重要な存在となるのが管理職、マネージャーなどのいわゆる上司である。
マネージャーの職務としてはプレーヤー個人の行動目標が組織もしくは下部組織の結果目標につながるようにコントロールすることである。

仮に企業の営業部を例にとるとすれば、営業部の目標が売り上げ 10,000,000 円とした場合に、営業部員それぞれに 1,000,000 円の結果目標をかけるのではなく、それぞれが 1,000,000 円を売り上げるために必要なアクションを洗い出して、それを実際に行動に移せることを目標とすべきである。
純化すると、ある営業部員が10回に1回 100,000 円の商談を成立させる程度の成績だった場合、10,000,000 円の売り上げには単価を変えずに 100 回アポイントメントが必要であり、それが行動目標となるわけである。
つまり、行動目標はすべての行動目標を達成すれば結果目標を達成できるように行動目標を設定されるべきである。

このことからマネージャーは外部要因を予測して結果と行動を結びつけることが必要な資質であると言える。

一方で組織特性によっては完全に外部要因を排した個人目標では成り立たないことも当然存在する。
先に述べたように組織に求められる結果が外部要因によって大きく影響されるべきでない組織がそうであり、警察やインフラ企業などはこれに該当するだろう。
今年は物価が上がったためそれを外部要因として犯罪率が上がってしまった、原料高騰のため僻地への燃料・電気の供給を停止するというのは、なかなか許容し難いところもあるだろう。
彼らは安定して結果を出すことを責務として求められているのである。
そのために個人にも一定程度結果を評価指標に取り込むということはあり得る話であり、そのために巡査部長の評価指標として検挙率/数を使用するとなったとしても大きな疑問はない。

では、評価指標として予防措置を取り入れればよく、こちらも定量化でき十分に公平であるということもできる。
しかし、予防措置というものを評価することはかなり難しく、コストもかかるという欠点がある。
声かけによってどの程度犯罪を予防できたか、起こるはずの犯罪が起こらなかったかということを統計的に有意に評価するためには声かけの状況なども詳しく報告し、解析する必要がある。

恐らくそのための仕組みを取り入れるための時間と費用で一律昇給させた方が良い結果が得られる程度にはコストに見合わない可能性が高い。

やはり検挙数などは実務のフローを考えても評価指標として非常に使い勝手の良い指標であることが分かる。

言い換えると組織とは結果を評価されるべき存在であり、個人ではプロセスを評価すべきなのである。
そのためにマネージャーは被評価者の特性と組織の目標をよく理解し、個人のプロセスが組織の目標達成に寄与しうるかどうかを判断する責任があると言える。
その上で警察組織とは非常にシビアに結果を求められ、かつ公正でオープンな評価がなされなければならない組織であるという特性上、検挙・取締結果が個人の評価につながってしまうということはある程度構造上必然的であるとも考えられる。 そのため、事前の予防措置という不透明な結果よりも検挙数という、公平性のある数字を目標としており結果として前書きの記事のような結果が生じてしまったのではないだろうか。

個人の目標設定には妥当性・コスト・公平性という重要な要素があり、これらをバランスよく考えて組織に最も合致した評価方法を考えなければならない。

公正で公平な個人の評価について検挙・取締数以上にコストがかからず、公平な評価指標が構築されない以上、これからも記事のようなことは発生し続けるだろう。